ロルフィングについて
- ロルフィングと言う名の由来は、創始者アイダ・ロルフ博士の名前からつけられたもので、元々ロルフ博士がストラクチュアル・インテグレーション(S.I.)と呼んでいた技術のあだ名みたいなもので、創始者とそのワークの強烈な印象から”ロルフる“って言う感じで付けられた名称です。ロルフ博士自身は最初この名前を嫌がっていたみたいです。
- ロルフ博士は常々、“ロルフィングは治療ではなく、教育である”と言っていました。それは身体の症状を治すのではなく、個人の持つ身体の可能性を、最大限に生かして機能する様に導く事が、ひいては人格的(感情的、知的、精神的)にも、より高い質を引き出す事になると言う彼女の自論によります。病的症状が改善されるのは重力のおかげと言う事にしていました。
- 重力
- ロルフィングについて語るときに欠かせない重要な要素が重力です。人間が地球上で生存する限り重力は普遍的に存在し、私達は重力の存在ゆえに真っ直ぐと言う感覚を持つことが出来るのです。常に垂直にかかる重さの流れに対して自分の体重が負担になったり、また逆に安定を感じたりします。二本の脚で身体を支えるには、どの様に身体の重さが足までたどり着き、地面からの支えがどのように頭までたどり着くかと言う事が問題なのです。
- ロルフ博士は生徒達に“ロルフィングはシャーマニズムに近い”と発言した事があります。それは、ロルファー(施術者)がお祈りをするという様な事ではなく、普遍的な存在である重力と、人々とのより良い関係を取り成す媒体であると言う事だと思います。
- 可塑性
- 身体の可塑性ということも大きな要因です。結合組織の変化により身体はある程度形を変えることが出来ます。我々が主に働きかけるのは、筋筋膜と呼ばれる筋肉組織をくるんでいる結合組織です。筋肉と分けて考える事の出来ない組織ですが、筋肉から腱、骨膜、靭帯へと膜組織のリレーを通して身体全体を視野に入れています。一部分の不都合に囚われるのではなく、全体との関係で部分を見、部分的アプローチが如何に全体に反映するかを感じ取れる様に働きかけます。筋肉と筋肉、又は骨、内臓との癒着(開腹手術をして中身を空気にさらすと必ず癒着が起こります)、もしくは一部の筋肉や腱、靭帯の硬直は身体全体の中で部分的に動けないポイント(ごく小さなものかも知れません)を作り、身体は全員総出でその動かない所を補うように働きます。癒着や硬直が保たれている限り身体はその周りでバランスを保ち、不自然な姿勢を取ってしまいます。時とともに骨までその姿勢に適した形を持つようになります。年寄りのO脚はわかりやすい例ですが、骨組織にかかる力に耐えられる様な所に骨の細胞が集まって形を変えてゆきます。逆に考えれば、上手い具合に骨に力がかかるように位置すれば、より真っ直ぐにもなると言う事です。ロルファーは膜組織の癒着を剥がしたり、色んな方向に拮抗してバランスを保っている筋肉間の緊張パターンに影響を与えて、バランス状態を変えていきます。そうして変化したものはそのまま変わりなく維持されるのではなく、常に良くも悪くも変り得るのです。身体は何もしなくても新陳代謝を繰り返し環境や使い方の刺激に適応し変化し続けているのです。成長や老化はその代表で、気が付かないままに日一日と成長して行き、又老いて行くのです。どのように成長して行き、どのように老いて行くかは身体の使い方、反応の仕方如何で変わってきます。ですから、ロルフィングで受けた変化をきっかけに新しい身体の使い方を模索しなければ、時と共に今までの癖のままの身体を取り戻す方向に向かう事になります。身体の使い方が変われば、ロルフィングで得た変化をきっかけに、更に新しい使い方に見合った変化を続ける事にもなります。模索の仕方さえ身につければ、常により良い方へ変化し続けるように心がける事が出来るのです。
- 統合性
- 身体構造の統合とも呼ばれるこのテクニックは、身体の一部を治そうとか良くしようと言う発想ではなく、身体全体ひいてはその人全体が単一の存在としてどのような現われを成しているか、より良い現れ方は可能かという見方をしています。身体はパーツの寄せ集めではありません。パーツ間に秩序のある関係性を持ち、それが総合すると、パーツを寄せ集めたものにはない働きを生み出すのです。たとえばラジオやテレビのような機械をみても、パーツをランダムに組み合わせるだけでは、ただの鉄くずであるものが秩序を持って組み合わせられると個々のパーツからは考えられない働きを生み出すのです。ましてや我々人間はもともと単一の細胞(受精卵)から分化した、未だかつてパーツを分離させた事のない存在です。そういう意味ではどのような状態であれ、常にある種の統合性を保っているわけですが、ロルフィングはその統合性のより良い表現を模索していると言っても良いでしょう。身体の中の悪い部品を取り替えたり、修理したりと言う発想とは視点を全く異にしているのです。今ある中でどの様な関係性を見つけ出すかと言う事なのです。
ではより良い統合をどのように模索するかと言いますと、まずは重力に即した状態で無理なく、無駄なく立てるか、そのためにそれぞれのパーツがそれぞれのすべき仕事を全員一致で行なっており、足を引っ張る因子がいないかを見ています。それは総ての活動に於いて同様で、ある動作をするために身体のパーツが全員一致で働ける様な、個々のパーツの働きと連係を見い出したいのです。ほとんど総ての人は、あるパーツまたは複数のパーツが全体の意向とは無関係の行動をとっていると考えて良いでしょう。もちろん完璧になることはないので、誰もがより統合された状態に近づける余地を持っているのです。病んでいようが、無病であろうが、誰もがその途上にあるという事です。
- 成熟
- 大人になるという意味だけではなく、年齢に見合った表れをしている、しかも身体全体が同じ年齢的成熟段階にあるという見方です。大人の顔をしていながら子供のような体つきであるとか、大人の身体に子供の顔とか、下半身だけが幼児体型だとか、色んな組み合わせで成熟度合いが統合されていない事も良くあります。これは身体の見栄えと言うだけではなく心理的にも反映している事のように思われます。ここでも全体を通してお揃いになる事、その年齢に見合った統合の在り様があるのです。年齢相応のらしさ、1歳なら1歳、40歳なら40歳に見合った行動として表され得る、身体的充実と人格的充実を成熟と見ています。そういう意味でロルフ博士は、ロルフィングを通じて成熟した人々による成熟した行動によって成り立つ成熟した社会と言うものを夢見ていたようですが、機は熟していない様です。
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